職員のつぶやき

消防訓練

こんにちは。
子馬です。

消防訓練を行いました。
「通報訓練」、「避難訓練」、「消火訓練」、
この三つを合わせて
「消防訓練」というのです。(知ってた?)

SKHが消防署へ通報、
管理のSがお客さん役のGTを避難誘導、
そして
チームワーク抜群の初期消火。

玄関前で
水消火器を使って消火訓練もやりました。
いざという時にあわてないために、
消火器の使い方をしっかり確認できました。

 

     「はやくこちらへ!」             的に注目

「長岡市史双書」編集作業中

こんにちは。
子馬です。

歴史文書館では、現在
『長岡市史双書』第63号の編集をしています。

タイトルは「蔵王権現領安禅寺御用記(8)」。
文化12年の「日並記」「諸掛合留」「諸願書留」、そして
「日記 門田伊豫江戸在府中御門前検地入一件」を収録します。
おなじみ安禅寺シリーズの8冊目になります。

文化12年は、西暦でいうと1815年。
計算すると、今からちょうど210年前。
そのころの長岡って、どんなだったのかな。

この「市史双書」ができあがったら、
「市史双書を読む会」を開催する予定です。
そこでいろんな話が聞けるかも。
お楽しみに。

   3月末発行予定、追込み中

除雪チーム

こんにちは。
子馬です。今年もよろしくお願いします。

今日は朝から雪。
いつお客様が来られてもいいように、
玄関前と、お客様用の駐車場は
最優先で除雪しています。

今朝も除雪チーム2名が出動しました。
隊長は管理のS、隊員はSKH。
あっという間にきれいになりました。

入口の階段には、滑り止めのマットも敷いてあります。
今年も皆様のご来館をお待ちしております。

 

       除雪前               チームワーク抜群

強い味方

こんにちは。
子馬です。
 
管理のSのもとへ大きな箱が届きました。
開けてみると入っていたのは
「コードレスブロワ」・・・何に使うのかな。
 
落ち葉を風で吹き飛ばす器械だそうです。
日々落ち葉掃きに追われる管理のSが待ち望んでいた
「コードレスブロワ」。
 
強い味方とともに
今日も駐車場の整備に励む管理のSでした。

 
                         かっこいい

青少年文化センター

こんにちは。
子馬です。
 
歴史文書館では、現在、第11回常設展
「長岡市青少年文化センターの思い出」を開催中です。
会期は令和7年3月29日までですが、
途中、展示替えをする予定もあります。
 
昭和44年に開館し、平成31年に閉館した「文化センター」。
プラネタリウムや温水プール、ゲーム、「楽しい教室」など、
長岡の人なら誰でもひとつやふたつ、
文化センターにまつわる思い出をお持ちではないでしょうか。
 
今日来館されたお客様は、
「模型」の思い出を聞かせてくださいました。
そういえば、鉄道模型の上に飛行機が飛んでいたような・・・
覚えている方、いらっしゃいませんか。
 
皆さんの文化センターの思い出、
いろいろ聞かせてくださいね

  
   の建物が温水プール          「完成予想図」

レレレの・・・

こんにちは。
子馬です。

今日も
ざざ、ざざ、ざざ、ざざ、ざざ・・・
という音が聞こえています。

今朝の駐車場はこんな感じ(写真左)。
今日は資料整理ボランティアの活動日なので
急いで落ち葉を片付けなければなりません。

掃いているのは管理のSと助っ人のSKH。
落ち葉は昨日の雨を含み、重くなっているようです。

前回、前々回の写真とくらべてみて。
トウカエデとユリノキ、日ごとに色濃くなっています(写真右)

 
       自称レレレのおじさん ↑      


紅葉

こんにちは。
海彦です。
 
「賽の河原」だと管理のSを嘆かせるれきぶんの駐車場の木ですが
そればっかりでもないのです。

写真の通り、
ユリノキは青みを帯びた黄に、トウカエデは紫がかった赤に色を変え、季節の移り変わりを知らせています。

ユリノキはチューリップに似た花を咲かせ、蜜の木としても有用です。
海彦はユリノキの蜂蜜を食べたことがあります。

トウカエデは公園や道路わきの街路樹として広く用いられていますが、盆栽に仕立てるのも人気だそうです。

毎年、管理のSが嘆くほど大量の種を降らせるトウカエデ。
今なられきぶんの駐車場で拾い放題ですよ。

  
    赤い葉っぱがトウカエデ                 黄色いのがユリノキ

落ち葉掃き

こんにちは。
子馬です。

閲覧室で仕事をしていると
ざざ、ざざ、ざざ、ざざ、ざざ、
という音が聞こえてきます。
そう、今年も落ち葉掃きの季節となりました。

落ち葉掃きの担当は管理のS。
今年は駐車場のユリノキ2本を伐採したので、
若干、落ち葉の量が減ったみたいです。

しかしあいかわらずの「賽の河原」だ・・・と、
昨年と同じことをつぶやきながら
今日も竹箒をあやつる管理のSでした。

 

富曽亀コミセン「むかしを語る会」

こんにちは。
子馬です。

富曽亀コミュニティセンターのサークル
「むかしを語る会」の皆さんが、総勢16名で
富曽亀地区の資料を閲覧に来られました。

閲覧したい資料を目録から選び、申請書に記入してもらうと、
職員が2、3階の書庫から出してきます。
人気があったのはやはり絵図でした。

「この鳥居のマーク、あそこの神社だな」
「ここを公園にする計画があったんだ」など、
いろんな声が飛び交っていました。

もっとゆっくり見ていただきたかったのですが、
残念ながら時間となりました。
またいつでも資料を閲覧に来てくださいね。

 
  なるほど、こんなことが書いてあるのか!      堀金の絵図を囲む皆さん

企画展開催中(2)

こんにちは。
子馬です。

歴史文書館では、現在
令和6年度企画展を開催中です(11月16日まで)。
タイトルは
「長岡市災害復興文庫展~中越大震災20年と歴史文書館」。

企画展の記事が、新聞に載りました!
展示の様子や、「災害復興文庫」の書庫のなか、
被災した資料の整理をしているボランティアの皆さんの活動などが
詳しく紹介されています。

これらの新聞も閲覧室に掲示しました。
来館者アンケートもはじめました(任意です)。
皆さんの中越地震の体験・記憶・思いなど、
聞かせてもらえたらうれしいです。

 
                               ↑ アンケート用紙

企画展開催中

こんにちは。
子馬です。

歴史文書館では、現在
令和6年度企画展を開催中です(11月16日まで)。
タイトルは、長岡市災害復興文庫展2024
「長岡市災害復興文庫展~中越大震災20年と歴史文書館」。

避難所の資料、被災家屋から救出された資料など、
「長岡市災害復興文庫」のなかから選りすぐった
資料を展示しています。
震災後に結成された資料整理ボランティアの資料もあります。

今日のお客様は、平成7年(1995)の
阪神淡路大震災の被災地に救援に行かれたそうです。
非常時、情報伝達の手段として
「紙」がいちばん役に立ったと教えてくださいました。

子馬は「なるほど」と思いました。
「長岡市災害復興文庫」のなかには、避難所の
掲示物・配布物など紙の資料がたくさんあります。
大きく書いて貼るのが一番だったのだと実感しました。

 

資料の活用法

こんにちは。
海彦です。

歴史文書館が所蔵する資料には市民の皆さんがご寄贈くださったものがたくさんあります

この日は寄贈者が整理を終えた資料を見にいらっしゃいました。
いただいた資料は、亡きお母さまが収集した1,000点を超える
昭和期のマッチラベルコレクションで、主に長岡市内のお店のものです。
見るほどに懐かしく、往時の記憶が呼び起こされて話が尽きないご様子でした。

歴史文書館の資料は古文書類も多く、研究や論文のために利用されることが多いのですが
注目するポイントによっては、個人コレクションも活用の幅が広がります。
このマッチラベルコレクションもデザインや業種、お店のあった地域に注目してみると新たな発見がありそうです。

 


「南方〇〇〇」(2)

こんにちは。
子馬です。続きです。

戦地からのたよりには、日時や
所属部隊の現在地、行動などを
書くことができませんでした。軍事機密だからです。
かわりに寿一は「南方○○○」の町の様子を書きました。

道の両脇に山のように積まれて売られている
青々とした新鮮なバナナ、パイナップル。
「母上はお好きでしたね」
船便でお母さんに送りたいと書いています。

このあと寿一は、インパール作戦に従軍します。
過酷な行軍から生還したにもかかわらず、
その後の戦いで亡くなりました。
「南方○○○」は、台湾でした。

これらのことは、戦後
ご遺族の方が調査をして、わかったことです。

調査の内容をまとめた本。
寿一の弟(元海軍兵士)の語りの形で書かれています。

「南方〇〇〇」(1)

こんにちは。
子馬です。

R0505「刈羽郡中里村相野原岡家資料」には
戦地からのたよりが5点、含まれています。

刈羽郡中里村は、現在の小国地域。
相野原に生まれた岡 寿一(としいち)は、
二十歳で応召、中国戦線へ派遣されました。

5点のたよりのうち4点は、中国からの葉書です。
葉書のなかで寿一は、屋根の雪下ろしや
道付けの心配をしています。大陸の厳しい冬を経験しながら、
雪深い故郷の冬を思い出していたのでしょう。

残りの1点は、中国から南方へ転戦する途中、
補給のために寄港した町で書かれたものです(写真右)。
寄港地の地名はなく、「南方○○○」となっています。
これが最後のたよりとなりました。

 
                        寄港地で偶然、近郷・鷺之島出身の兵士に出会い、
                      寿一は彼にこの手紙を託しました。

研修

こんにちは。
子馬です。

夏休みの期間を利用して、市内の
小・中学校教職員の研修会が開催されました。
長岡市内の学校につとめていても、
市外・県外出身の方もいることでしょう。

長岡の歴史について学んだり
資料の利用の仕方を知ってもらったりして、
歴史文書館をどんどん活用し、
授業などにいかしていってほしいなと思います。

今回は研修会でしたが、
個人的にも利用してもらえたらうれしいです。
お待ちしています。

 

夏の花壇

暑さに負けず咲き誇る歴史文書館の花たちです。
お散歩がてら見ていってください。

 
       モミジアオイ            パイナップルリリー

歴史文書館に行ってみよう!

こんにちは。
子馬です。

歴史文書館では、現在
第9回常設展を開催中です(8月24日まで)。
初の試みで、小・中学生の皆さんに向けた
展示の内容になっています。

絵図や、昔の小学校の教科書など
彩り鮮やかな資料にイラストを添えたりして、
小学生や中学生の皆さんの心に届くような
展示を心掛けたつもりです。

「わかりやすい解説」を作るのはむずかしい…
と、子馬は実感しました。
もし意味のわからない言葉があったら、
遠慮しないで職員に声を掛けてみて。

できる限りわかりやすく、答えます。

 
       展示の準備作業中              あ、これは信濃川だね!

浦歴史愛好会

こんにちは。
子馬です。

越路地域の「浦歴史愛好会」の皆さんが
郷土の歴史を学びに来館されました。
総勢10名。

そのうちお二人は、
信濃川をはさんで対岸の地区からの参加。
歴史学習をとおして交流されているのだそうです。

「越後国三島郡浦村検地帳」を実際に出納してみました。
資料袋の中から分厚い検地帳があらわれると、
「わあ!」「おお!」「わくわくするな!」と
歓声があがりました。

満面の笑顔で、食い入るように資料を見つめる皆さん。
本物の資料には、すごいパワーがあるんだな。
子馬は、あらためて感じました。

 
                         

蓬平の高龍さま その2

こんにちは。
海彦です。

蓬平の高龍さまは、商売繁盛の神様として知られている神社。
生憎の雨だというのに参拝客で駐車場(台数が少なめとはいえ)は満杯。

細くて急な石段を登り(エレベーターもあります)境内に足を踏み入れると
思いがけなく茅の輪くぐりのしつらえが。
本殿にて参拝。境内にある大きな掲示板には奉納者の名前がずらりと並んでいます

お土産屋さんと参拝客の会話から、晴れた日や行楽シーズンには
随分と待たないと参拝できないこともあるらしいとうかがえました。

現在はよくある中山間地の集落に見えるけど
竹之高地町から蓬平町・濁沢町の太田川沿いは土砂災害や中越地震で大きな被害を受けたところ。

県外からくる参拝客の皆さんにも、地域の人々の頑張りを知ってほしいな。

 
 すぐ隣にはエレベーターもあります      初めての茅の輪くぐり

蓬平の高龍さま その1

こんにちは。
海彦です。

6月の初めの雨の日、初めて高龍神社にお参りしてきました。

国道17号片田の交差点から村松町に入り、松岡譲の生家である本覚寺の前を通って、太田川沿いに山を登ります。
白山トンネルを抜けてすぐに左折。大鳥居をくぐったらあとは道なり。

『長岡あーかいぶ』21号の「長岡の碩学」でとりあげた‟中村仙巌尼”が生まれたのはどの辺かな 
なんて思う間もなく、3軒の旅館の向こうに高龍神社はありました。

太田川と川に沿って走る道の両側は山。
その狭いところの小山の上に鎮座ましましているので
道路からお社は見えませんが、賑わいようからすぐにわかります。

さすが、長岡市域きってのパワースポット。

初の高龍さま参拝の首尾は次の回で。

 
       万緑の太田川              あそこまで登るのだ

よしず

こんにちは。
子馬です。

今年も、閲覧・展示室の大きな窓の外に
「よしず」が設置されました。
西日をさえぎり、室温の上昇をおさえる役割を果たしています。

今年のよしずは、去年のよしずと違います。
しっかりとした枠を作り(写真左)、
枠によしずを立て掛け、何か所も紐で結びつけてあります。
これなら風が吹いても倒れない。

ホームセンターで買ってきた棒を組み合わせ、
あっという間に枠を作ってよしずを設置したのは管理のS。
よしず張りの職人だったのかな。

皆さん、歴史文書館に入る前に
このよしずもチェックしてくださいね。

 
                            今年も「涼み処」やってます。

直江兼続の時代の検地帳

こんにちは。
子馬です。

歴史文書館では、第8回常設展を開催中です。
慶長2年(今からなんと427年前!)の
村松村(長岡市村松町)の検地帳を展示しています。
そのころ「直江兼続」っていう有名な人がいたらしい。

子馬は、検地帳に書いてある土地の名前が気になって仕方ない。
「いした(石田)」や「ふか田(深田)」ならわかるけど、
「犬ノくそ(いぬのくそ)」っていったい何?
いったいどんな場所なのかな。

この検地帳は
村松村の庄屋をつとめた家に伝わったもので、
「奇跡の大発見」なんですって(SKH談)。
一見の価値ありです(地名も)。


      取材にかけつけた記者Y

若い人たち

こんにちは。
子馬です。

歴史文書館には
比較的ご年配のお客様が大勢いらっしゃいます。
若い人たちの来館はやや少ないのですが、
5月にはなんと、市内の中学生・高校生の利用がありました。

展示をじっくりとみてもらったり、
館の利用の仕方や長岡の歴史について
ていねいにわかりやすく解説をするSKH。
若いリピーターを獲得したいところです。

皆さん、また来てくださいね。

 

蓮花寺のお不動さん

こんにちは。
海彦です。

先日来館くださったTさんのお話に誘われて
三島地域蓮花寺地区にあるお不動さんにお参りしてきました。
元々はTさんのご実家の元屋敷の角にあった石仏で、
現在は山の峰から降ろしてきた古峰神社や十二神社の石碑と共に
集落の毘沙門堂の敷地内に移設されています。

豆腐を供えてお参りすると目の病にご利益があるそうで、
老眼が進んできた海彦は、俄然、興味がわきました。

真言宗豊山派法華寺のご住職や、散歩中の親子連れや、大杉公園の職員さんに
尋ねながらなんとかたどり着き(行ってみればわかり易い場所)、
無事にお参りできました。
なぜ、供え物が豆腐なのかはわからずじまいでしたが、
ちょっとした旅行気分を味わえたのでした。

 
木漏れ日の中、静かにたたずむ毘沙門堂  古くからの信仰の証 素朴な石仏や石塔が並ぶ

草取り

こんにちは。
子馬です。

今年も草取りの季節となりました。
暑い中、広い敷地の草取りを
一手に引き受けてくれるのは
おなじみ管理のS(もう新人じゃなくなった)。

玄関前の植込みの芝がなかなか大変でしたが、
こんなにきれいにしてくれました。
ここには何を植えてくれるのかな。
楽しみにしています。

 
                             パイナップル・リリー ↑

野蒜

こんにちは。
子馬です。

歴史文書館の裏手にたくさん生えている野蒜。
野蒜は「のびる」と読むんだって。
海彦に聞いたら
日当たりのいいところに生える野草で、食べられるそうです。

ネギやニラに似ていて、
なんと、古代から食べられていたんですって。
摘んでみると、本当にネギのにおいがしました。
薬味にちょうどいい感じですね。

帰り際に駐車場で野蒜を摘んでいたのはSKH。
とても気に入ったらしいのです。
子馬は園芸オンチだけど、野蒜は覚えました。
食べてみようか、迷っています。

 
       手前の細いのが野蒜                 野蒜の根

三太郎、旅に出る

こんにちは。
子馬です。

歴史文書館では、現在
第7回常設展を開催中です。
災H2008刈羽郡桐沢村青柳家文書の中から
厳選した3点を展示しています。

刈羽郡桐沢村は、長岡市小国町桐沢。
桐沢の青柳三太郎は、文化12年(1815)2月、
伊勢参りに出発しました。ついでにあちこち立ち寄って、
帰ってきたのがなんと10月!

展示されている資料は、この旅にまつわるものです。
往来手形(今でいうパスポート)や餞別の覚書などなど・・・。
彼が訪れたところを色分けして示した地図も作りました(力作)。

三太郎と一緒に、
江戸時代の旅を楽しんでくださいね。

      これがパスポートか…

第6回常設展、終了

こんにちは。
子馬です。

第6回常設展(「新たに公開した所蔵資料」展)は
無事に終了しました。
見学に来てくださった皆さんから
いろんな情報をいただくことができました。

悠久山の野球場には早稲田実業時代の
王貞治(知ってる)が来たとか、
野球の指導を受けたとか、
トッテツに乗って見に行ったとか・・・。

ケース1台の小さな展示だったけど
楽しんでもらえたみたい。
ありがとうございました。

さて、次の展示の準備をしています。
乞うご期待です。

 
      解説パネルを調整してまっすぐにかける・・・なかなか難しいのです。

悠久山の野球場

こんにちは。
子馬です。

27日(土)まで第6回常設展を開催しています。
展示資料の一つに、昭和29年に悠久山球場で
開催された早慶戦の写真があります。

この球場は、今の悠久山球場ではありません。
昭和24年(1949)に
栃尾鉄道の悠久山駅前につくられた野球場です。
ここで野球の試合を見たというお客様が来られました。

腰かけたら転げ落ちそうな応援席の簡素なベンチ。
球場のとなりには、川の水を引いていたから魚も泳いでいたプール。
プールで冷えた体を
そのとなりのローラースケート場に寝転んで温めたこと…

球場なのに、 
お相撲や農機具の展示会も開かれたんだって。
なつかしくておもしろいお話を
たくさん聞かせていただきました。

エリック3兄弟

こんにちは。
子馬です。

「サンライフ長岡」時代のアルバムを整理していた
海彦が見つけた資料です。有名なプロレスラー
ケリー・フォン・エリックの写真とサイン。

試合の前に、機器のそろっていたサンライフまで
トレーニングに来たんだって。
この夜、厚生会館(なつかしい)で行われた
全日本プロレスの試合に参戦しました。

プロレスファンなら誰でも知っている3兄弟の、
ケリーは3男。この後、若くして亡くなります。

偶然だけど、今
「エリック3兄弟」の映画をやっているらしいのです。
ケリーってどんな人だったのかな…
なんか気になる。

  
                       「マイ ベスト オールウェイズ」、どういう意味?

新たに公開した所蔵資料

こんにちは。
子馬です。

歴史文書館では、現在
第6回常設展を開催中です。
令和5年度までに受贈し、整理が終了した資料の中から
厳選した4点を展示しています。

展示ケース1台分の小さな展示だけど
めずらしいものばかり。
聞きたいことがあれば、近くの職員に声をかけてみて。
なんでも答えてくれるでしょう。

栖吉川の土手を自転車でとばして
ご来館のお客様(なんか見たことある)。
しばらくは晴れの日が続くみたいだから、
また来てくださいね。

 

たぬき

こんにちは。
子馬です。

とてもあたたかい日、
自動ドアが開き、お客様かと思ったら
たぬきでした。

こわがる様子もなく
歴史文書館の前の植込みを何度も行ったり来たり。
そしてとうとう枯草の上で
丸くなって眠ってしまいました。

 
                                   撮影:ゆきにお

浦瀬町倉庫

こんにちは。
子馬です。

歴史文書館は、たくさんの資料を所蔵しています。
館内に入りきらないので、
市内にいくつかの倉庫を持っています。

そのうちの一つは、浦瀬町にあります。
そこに、古文書などのたくさんの資料や
資料をていねいに保管するための資材などを置いています。

閲覧希望の資料の出納があったり、
資材が必要になったりすると、
こうして取りに行きます(写真左)。
雪が積もると入れなくなるので
その時には、お客様に閲覧をお待ちいただくことになります。

けっこう狭くて急な階段なのです(写真右)。
重い箱を抱えての昇降は、足元もよく見えないので
踏みはずして転ばないよう、十分に気を付けています。

 

「古文書解読講座」の相談

こんにちは。
子馬です。

歴史文書館では、
令和6年度もいろいろな講座を開催する予定です。
なかでも、古文書解読講座は大人気の講座です。

春の「古文書のいろは」は初心者向け、
秋の「古文書に見る長岡のすがた」は経験者向けです。
「いつも楽しく勉強させてもらっている」など、
参加者の皆さんからはたくさんの励ましの声をいただいています。

この日は講師を引き受けてくださる皆さんに集まっていただき、
早くも来年度の講座について打ち合わせをしました(写真)。
皆さんに満足していただけるよう、来年度も
面白いテキストを用意し、工夫していくつもりです。

楽しみにしていてくださいね。


『長岡市史双書』第62号の編集

こんにちは。
子馬です。

歴史文書館では、現在
『長岡市史双書』の編集をしています。

このたびの市史双書は第62号、タイトルは
「新型コロナウイルス感染症と史料保存 長岡市歴史文書館の試み」。
カラー口絵や写真をたくさん取り入れました。

少しずつ落ち着いてきたようにもみえる感染禍ですが、
まだまだ油断はなりませんね。関係資料を眺めていると
もうずいぶん昔のことのようにも思えます。

3月末に発行予定ですので、追い込み中です。
「市史双書を読む会」も、もちろん開催予定です。

 
              校正作業中・・・できあがりをお楽しみに!

マッチ箱

こんにちは。
子馬です。

マッチ箱のコレクション、後日譚です。
整理をしている管理のSが見つけてくれました。

タクシー会社のマッチ箱の側面に
車両番号が付いています(写真左)。
車内に備えてあったのでしょう。
接客が良ければ、次も指名してもらえますね。

裏側は、懐かしい百貨店の広告(写真右)。
タクシーの中でもたばこが吸えた、
そんな時代のマッチ箱です。

 

コレクション

こんにちは。
子馬です。今年もよろしくお願いします。

最近、マッチ箱の寄贈がありました(R0504)。
長岡市内の喫茶店や、割烹、旅館、キャバレー、スナック、
銀行、タクシー会社・・・、ああ、この店、知ってる!
懐かしいものばかりで楽しくなります。

これから側薬(箱側面の擦るところ)を取り除いたり、
開いてラベル状にしたりして、整理をする予定です。

歴史文書館にはいろんなコレクション資料があります。
H2009とH2820はマッチラベル。
H2215は清酒ラベル。H2305はブックカバー。
H2804は箸袋。

懐かしいもの、珍しいもの、見に来てくださいね。

こんにちは。
子馬です。

とうとうまとまった雪が降りました。
長倉に移転してきて、最初の冬です。

駐車場に除雪車が入ってくれると助かります(写真左)。
今朝は、除けられた雪の上にも雪が積もっていたから、
早朝から入ってくれたのでしょう。
感謝しなければなりません。

なかなかやまない雪の中を、
資料調査に来てくれたお客様が一組。
今日の成果が、素晴らしい論文になりますように。
応援しています。

 
                              玄関前もきれいに除雪

都風俗化粧伝

こんにちは。
子馬です。

クリーニングを担当した
海彦が見つけた資料を紹介します。

『都風俗化粧伝』(写真)は
文化10年(1813)に刊行された本です。
今でも読む人がいるくらい、人気のある本だそうです。

内容は、美しい着物や帯結び、流行の髪型やお化粧法など。
どれをとっても、江戸時代と現代とでは大きく違うはず。
それなのにどうして、今でも人気なのかな。

『都風俗化粧伝』の「化粧」は、実は
「けわい(けはひ)」と読むんだって。
漢字で書くと「気配」。

着物やお化粧で外見ばかり整えてもダメ。
内面の美しさは立ち居振る舞いに自然に現れるものだから
美しい「気配」をまとうために、内面を磨きましょう。
こんなことも、書かれているらしいのです。

人気の秘密はわかったけど、子馬には無理かな。

  
   この資料を含む資料群は、現在整理中。       帯結び           髪型

一段落、そして

こんにちは。
ゆきにおです。何年かぶりのつぶやきです。

先月、「古文書に見る長岡のすがた」が終わりました。
これで今年度の講座と講演会はすべておしまいです。

文書資料室の頃から続く古文書講座の「いろは」と「すがた」、
「長岡市史双書を読む会」に、新たに「れきぶん講演会」が加わって、
数えれば全部で12回。
今年度は、これらを例年より短い期間(実質4か月)で行うことになりました。

予想していた通りの忙しい毎日。
今は無事にやりきることができてほっとしています。
そして、まだ受講環境が完全には整わないなか、
ご参加くださった皆様、ありがとうございました。


すべてが終わった翌日、子馬が「これで資料整理ができる」とぽつり。


春までは、資料整理にいそしみます。


視察(2)

こんにちは。
子馬です。

今日の館内視察は中央図書館の職員の皆さんです。
休館日を利用して、総勢34名で来館。

中央図書館と歴史文書館は
日ごろから図書や資料などの行き来もあるし、
レファレンスで協力し合うこともあります。

当館の資料がどんなふうに整理されているのか、
保管されているのか、どうやって利用するのか…
皆さん興味津々。うなずきながら、メモを取りながら、
真剣に説明を聞いていました。

皆さん、お疲れ様でした。

 

視察

こんにちは。
子馬です。

歴史文書館では、7月1日の開館以来
いろんな団体や公的機関などの
館内視察を受け入れています。

11月29日、暴風雨の中
四郎丸地区福祉会の皆さんが大型バスで到着。
当館の立地は四郎丸地区ですから、
「サンライフ長岡」だった昔をよく知る面々です。

総勢26名は、講座室での講義のあと、
2班に分かれて図書室や企画展を見学しました。
館長の解説を熱心に聞き、時間が足りないくらいでした。

暴風雨の中、次の見学地は「ミライエ」ですって。
皆さん、お疲れさまです。

 

企画展

こんにちは。
子馬です。

歴史文書館では、12月2日(土)まで企画展
『長岡市史』回顧展Ⅰ
「検地帳に中世を読む~地名に刻まれた村の歴史~」を
開催しています。

市政だよりやチラシを見て、市内外から
大勢の方が足を運んでくれています。

これまでに3回のギャラリートークが行われました。
田中館長がていねいに解説をし、
皆さん熱心に聞いていました。

企画展はもうすぐ終了しますが、歴史文書館では
今後もこれらの資料を閲覧することができます。
閲覧室カウンターでお声掛けください。

 

落ち葉

こんにちは。
子馬です。

歴史文書館の駐車場は
背の高い木に囲まれています。
落葉樹です。
子馬は園芸オンチなので、木の名前はわかりません。

今の時期は落ち葉がすごい。
掃いても掃いてもきりがない。
掃いて集めて運んで…の繰り返し。
「まるで賽の河原」と言ったのは管理のS。

駐車場が広くなり、車で来館されるお客様も増えました。
講座や講演会の日は、70台くらいの車が停まります。
駐車スペースの白線が落ち葉で見えないのでは危険ですから、
毎日ていねいに掃いています。

 
    自転車小屋の隅に溜まる落ち葉

パズル

こんにちは。
子馬です。

ちょうど2年前、アール(懐かしい)が
「文書資料室のお仕事」というタイトルで
「くん蒸」作業のことを紹介しています。

くん蒸って何のこと?
どうしてくん蒸するのかって?
それはアールの解説を読んでみて。

ここは小国民俗資料館のくん蒸庫。
この中に、できるだけ無駄な空間を作らずに
様々な形の資料箱を詰め込む。
「パズルのようだ」とかつてアールは言いました。

このパズルが得意なのはゆきにお。
箱は上までていねいに重ねて、
この小さい箱はこの隙間に入れて・・・と、
今回も活躍していました。

 
     箱はていねいに重ねます           きれいに入りました!

長倉探訪

こんにちは。
子馬です。

10月14日(土)、秋晴れの下
長岡郷土史研究会の「地域探訪」が行われました。
今回の探訪は、ここ歴史文書館の地元「長倉」です。

歴史文書館には、
・H1802古志郡長倉村文書
・H1904古志郡長倉村文書 他
これら二つの長倉村の資料があります。

第4回常設展「長倉村の古文書」には、
近隣の皆さんも連れ立って見に来てくれました。
展示の方はもうすぐ(10月25日(水))終了ですが、
安心してください。

歴史文書館ではいつでもこれら
の資料を閲覧することができます。
閲覧・展示室の職員にお気軽にお声掛けください。

 
     「これが慶長2年の検地帳ね」          久保田橋を渡ります

公文書整理スタート

こんにちは。
子馬です。

今年も歴史公文書の整理の作業が始まりました。
市役所の各課から、選定された公文書が続々と運び込まれています。
公文書の収集・整理・保存も、
歴史文書館の大切な仕事のひとつです。

歴史文書館の中に、作業スペースを作りました。
ホチキスの針をはずしたり、こよりひもでまとめたり・・・
これから冬にかけてコツコツと
この地道な作業を担当するのは海彦。

実はこの歴史公文書整理作業、始まったのは平成18年。
当時と比較すると、この作業についての認知度は
ずいぶん上昇したようです。

長岡の歴史を物語る大切な資料を、
今後もしっかりと保存していきます。

東山油田

こんにちは。
子馬です。

皆さん「ブラタモリ」ご覧になりましたか。
子馬は驚きました。
鉄の蓋を開けて、柄の長い柄杓で石油を汲む場面です。

明治時代には、長岡の東部に位置する
浦瀬や加津保、桂沢、比礼(栃尾地域)などで
石油が盛んに掘られていたんですって。

最盛期には200以上の石油会社があり、
掘られた石油は中島の製油所に送られていました(どうやって?)。
石油株の売買には「女株券師」が活躍していたのです(どんな人?)。

子馬は、あの石油が戊辰戦争の後の長岡の
発展の基になったんだな、と実感しました。

歴史文書館では
市史23「山竹石油文書」やH2818「東山油田資料」、
市史02「堀田啓介家文書(女株券師堀田タミ資料)」などを
閲覧することができます。

どうぞ閲覧にお越しください。

 

資料の中の戦争(2)

こんにちは。
子馬です。
後日譚です。

資料の整理をしながら、子馬はずっと
広島市大手町で仕事をしていた秀夫の両親が心配でした。
そこで
受託の手続きをするときに、所蔵者に尋ねてみたのです。

両親はその後、広島市を離れて無事でした。
安心した子馬は、何気なく尋ねました。
「秀夫さんはどうしました?」

秀夫はその後、出征し、
帰還することはありませんでした。

資料の中の戦争

こんにちは。
子馬です。
久しぶりに資料の紹介をします。

R0224「三島郡河辺村庄屋吉川家文書」は
明治時代に三島郡長をつとめた吉川庄蔵家の文書です。

その中に
昭和15年に大阪の三和銀行に入社した吉川秀夫と、
広島市大手町で仕事をしていた両親との往復書簡が残っています。
両親は息子の新生活を気遣い、手紙を送っています。

秀夫の書き損じた書簡も混じっています。
顧客宛てのものを、納得するまで書き直しているのです。
銀行の業務について提案する書簡もあります。
仕事ぶりから、秀夫の人柄がうかがえますね。

これらは昭和15年までのものしかありません。
広島市大手町は、原爆ドームのあるところ。
秀夫の両親は無事だったのかな。
秀夫はその後、どうしたかな。

子馬は心配になりました。

  父から息子へ「注意事項」(仕事の心得30か条)