平潟神社の能楽堂
こんにちは。
子馬です。
市史04「片山家文書」は
長岡藩の足軽にして絵師・片山翠谷を輩出した家の資料です。
明治維新後、同家は洋品店「片山商店」を営みました。
片山家当主は金春流能楽の愛好家。
長岡藩主が代々金春流能楽をたしなんでいた影響からか、
長岡には古くから金春流が根付いていたようです。
平潟神社の能楽堂では、能の上演はもちろんのこと、
東京から師を招き、普段の稽古も行われていました。
片山家文書には、上演の番組表や稽古日の案内状が数多く残っています。
昭和20年8月1日の長岡空襲の夜、平潟神社の境内で
たくさんの人が亡くなりました。片山さんも。
片山さんが足繁く通った、能楽堂も。
たくさんの人が亡くなりました。片山さんも。
片山さんが足繁く通った、能楽堂も。
でも、片山家の蔵にあった資料は焼失を免れたのです。
子馬は、珍しい創作能の謡本を見つけました(写真左)。
俳人・高浜虚子の、戦前の作品です。
在りし日の能楽堂の姿は、絵葉書の中に残っています(同右)。